あだち充いろいろ

確かはじめてあだち充の作品を知ったのは小学校に入った頃だったと思う。一回りくらい年の離れたいとこがいて、その人の家にいくといろいろマンガを読ませてもらえたのだが、そこにあったのが『シェイプアップ乱』と『がきデカ』と『タッチ』だったと思う。何しろ大昔のことなのでいろんな記憶が混乱しているので定かではないが。アニメも見ていたが今では太ったキャッチャーの声を当時の林家こぶ平がやっていたということぐらいしか覚えていない。


まあそんなことはともかくいくつかあだち充作品を読んだ。『H2』『スローステップ』『虹色とうがらし』『KATSU !』あたり。それと『クロスゲーム』三巻まで。あといっこなんか読んだな。あまりに弱くてスポンサーになってくれていた近所のスポーツ用品店が降りてしまいそうな草野球チームの話。まあよい。あだち充のスポーツといえばボクシングと野球な訳だが、これだけでよく何十年もマンガかけるなと感心してしまう。禁欲的なのかワンパターンなのか。後者だといってしまうと話が終いになってしまうので前者なんでしょう。


少年誌の連載での彼の作品の特徴は、一方でスポーツに才能を見出す男の子がいて、その彼がどんどん上り詰めてゆく、他方でヒーローとヒロインのちまちました恋愛模様が展開されてゆく、この二つの筋が同時進行してゆくということにあると思う。前者において主人公(あるいは彼のライヴァル)はどんどん勝ち進んでゆき、野球だったら地区大会から甲子園、ボクシングだったら地区予選からインターハイ、果てはプロと話がどんどん大きくなってゆく。後者においてはあくまで一対一、あるいは一対二(『スローステップ』では一対三)の関係で、他の人を巻き込んだりして大きな話には決してならない。いってみれば一方でどんどん大きくなろうとする動きがあり、他方であくまで小さいままであろうとする傾向がある。両者は互いに無関係に展開しているというわけではなくて、むしろ相互依存的な関係があるといえると思う。どんな関係か、というと、おそらく両者の間に感情のフィードバックがあるのだと思う。あだち作品の登場人物たちの特徴のひとつにみんな確固とした信念やら信条やらをもっていないということがあると思う。そしてもっといえば主人公たちはある出来事、ある関係に対して自分がどんな感情を持っているかということを直ちに知ることができない。主人公はヒロインをどれだけ好きで必要としているかをはかりかねている、だから恋敵のもう一人の主人公と野球で対決する、対決してはじめて彼は彼女をどれだけ必要としているかを知る、これが『H2』の英雄である。だからあだち作品におけるスポーツでは強くなるとか、勝つとかはあんまり重要ではない。問題なのはどういう感情を見つけるか、自分の中に何を見つけるかである。『KATSU !』では自分の中の死んだ父親に出会うことが重要であった。その意味で自分がそのスポーツをやる動機づけも(自分自身にとっては)それほど明確ではない。すくなくとも強くなりたいから、とかでは決してない。


話はそれますがそうなると試合とか勝負とかが比較的淡白に描かれるんですね。その点が比較的読みやすかった。実はスポーツとかその他の競技とかについてのマンガは多いのですが、結構試合そのものは読んでてたるくて、試合よりもいかに試合までたどり着くか、例えばどうやってメンバーを集めるか(『あひるの空』、『アイシールド21』)のほうが楽しかったりする。だから『スラムダンク』にはあまりはまれなかったんだな。


だからどんどん話が大きくなるスポーツの物語はつねにヒロインとの恋愛という最小の関係性へと戻ってゆく。どんなに話が大きくなっても『タッチ』みたいに最後は楯(というか皿)ひとつだ。


で、こういう話は少女誌の連載ではあまり見られない。『スローステップ』でも主人公たちはボクシングをやっている(いた)が、まあ別に大きな話にならない。『日当たり良好!』でも、ちょっとうろ覚えだが、そうでなかったと思う。だからたぶん作者自身意識的にやってることなんだろう。